2009年10月10日 (土)

高級ブランド不振!ヴェルサーチ日本撤退

 イタリアのヴェルサーチは日本から撤退することになった。すでに店舗は閉店しており、日本法人も清算するそうだ。このところの不景気で、海外高級ブランドは、どこも苦戦している。ヴェルサーチに続いて撤退・縮小するブランドが増えるに違いない。

 ヴェルサーチの商品は、日本法人のヴェルサーチ・ジャパンが輸入し、直営店などで販売してきた。しかし数年前から店舗数を縮小。8月からはデパート内の直営店舗も全部閉鎖した。

 ヴェルサーチ・ジャパンは、「日本は重要なマーケットであり、来年には再度出店するか、卸による商品販売を再開する予定」と説明している。売り上げは減少しても、日本でのヴェルサーチの人気は相変わらず高い。

 ヴェルサーチは、81年に日本での販売を開始した。当時はバブル期で、凄い人気を集めて売り上げを伸ばした。しかし、アメリカの金融危機による世界的な不景気により、売り上げは大きく減少した。

 80年代のバブル期、ヨーロッパへ出向いて、高級ブランド店で大量に買い物をする日本人女性の団体が、何かと話題になったものだ。あの当時は、本当に日本はリッチだったのである。

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2009年9月29日 (火)

ネット社会とファッション・トレンド

 現在はとにかく生活のスピードが早い。情報化時代のデーター処理速度に合わせるかのように、誰もがせっかちになってしまった。自動改札で足を止めようものなら、後ろの人間がブーイングをする。レジの支払いでまごついたりすると、後ろの人間はさっさと隣のレジへ走っていく。そのまま並んでいた方が早く終わったとしても。

 ファッションのトレンドに対しても、みんなせっかちになってしまった。常に新しいスタイルを追い求めていないことには気がすまない。そうした傾向は、ファッション業界にとっては、まことに有りがたいことである。売場の商品が次から次と入れ替わってくれるからだ。

 その一方で、シャネルなどの古いコンサバ系の古着を買ったり、かまやつ女のように流行に背を向けたり、決まった自分のスタイルをずうっと貫き通す連中もいる。意図的に彼らは時計の針を止めてしまっているのだ。いったんそうしたスタイルを確立すれば、どんなに気分的に楽なことだろうか。

 とにかくインターネットが生活のスピードをアップさせた。インターネットが無かった時代のことを知っている人間なら、臨機応変にスピード調節をできるのだが、今の若い人にはそれができない。スピード病になるのが嫌だったら、時計を止めてしまうしかないのだ。各駅停車でゆっくりとした人生を過ごしたい若者にとって、トレンドというのは、実にやっかいなものなのだろう。

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2009年9月22日 (火)

世界でブレーク!日本のストリート系ブランド

 「世界のストリート・ファッションの首都は東京である」と、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙が2000年に書いたことがある。そのことがクリスチャン・ディオールのデザイナーにも少なからず影響を与えた。ルイ・ヴィトンは2003年に村上隆の漫画チックなデザインを春夏のコレクションに取り入れた。村上のマジック・マッシュルームは、ルシアン・ぺラフィネのカシミアセーターのモチーフとしても使われた。


そして2004年には、マンガのキャラクターが、最も新しいファッションのテイストとなって世界を席捲したのだ。世界のファッションの中心地のパリが、日本の大衆文化を受け入れたのである。同時に、KAWAIIという言葉が、世界にインパクトを与えてインターナショナルな形容詞になった。


 パンクやヒップホップの出発点が反体制だったのに対して、マンガ・ファッションにはそうした重苦しいものがない。幼児的な「かわいい」というシンプルなテイストがあるだけだ。子供っぽくて実に単純な感情を表現しただけのものを世界も受け入れたのである。幼児性、わかりやすさ、奇異で猥雑なものが入り混じったマンガとファッションが、このまま世界中に浸透していって、パンクやヒップホップのようになるのかどうか注目したいと思う。


 最初98年頃から、ハローキティー、鉄腕アトム、ドラえもんなどのキャラクターがファッションアイテムとしてロンドンでブレーク。それに便乗するかかのように、エヴィスジーンズやドゥニームなどのジーンズメーカー、裏原宿系のグッドナイフやエイブ、ポーターなどが人気を集めた。それ以外にも、アバハウス、マサキ・マツシマ、ファイナル・ホーム、アトウ、ポーター、オルソ、ヨウイチ・ナガサワなどがロンドンでも手に入る。日本のストリート・ブランドのブームが起きつつあるのは間違いない。



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2009年9月17日 (木)

ファッショントレンドとイチローのタートルネック

 トレンドはファッションを動かすエネルギーである。流行がなければ、次から次に服を買ったりしないだろう。必要な最低限の服さえ確保していればいいのだから。

  トレンドな服って、なんか恋愛感情に似ている。好きな異性を遠くから眺めている時が一番幸せなのと同じように、服を売場で見ている時が最高なのだ。実際に手に入れてしまうと、少しずつ熱がさめていく。買ってしまう服の大半が、一年後、いやシーズンの終わりには着ないことが多い。極端なことを言えば、トレンドの寿命は、買った時点で終わってしまうのだ。

 誰もが新たなトレンドに惚れこむが、やがてそれに飽きると、今度はそれをダサいと感じる。その繰り返しがトレンドで、そのサイクルが、最近はドンドンと短くなってきた。東京ー大阪間を特急こだま号が六時間かけて走っていた頃は、ファッションの流行が長かった。三年から十年のサイクルでゆっくりと変化していった。

 しかし最近は、数ヶ月でそのトレンドが魅力を失ってしまうことがある。それを知っていながらも、新しいトレンドに飛びつくのだ。お金が余っている訳じゃないのに。猫もシャクシも。

  そうした傾向に逆行したヤング層が、数年前に増えたことがあった。「三丁目の夕日」の影響を受けた所為じゃないと思うのだが。オードリー・ヘプバーン風のクラシック・スタイル系や、70年代のミュージシャン風の「かまやつ女」等がそれだった。トレンドに背を向けて、楽で安上がりで、しかも個性的なファッションをエンジョイしていた。

 そう言えば、最近、イチローが時折ニットのタートルネックを着ている。タートルネックなんて、昔の古いトレンドの代表みたいなものだ。しかし、イチローが着ると新しいアイテムのように感じるから不思議だ。イチローのファッションセンスが、タートルネックを新しく感じさせるのだろう。早い話、トレンドなんてそんなものなのである。

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2009年9月 9日 (水)

裏原宿独立系ブランドの実態

 裏原宿のインディーズ・ブランドのように、ストリート系やクラブ系の客層をターゲットにした独立ブランドが最近注目を集めている。ほとんど全部のデザイナーが、アパレル・メーカーに就職して服つくりの基本を学んでいる。規模の小さいインディーズ・ブランドでは、生地や付属品などの調達先や、縫製などの加工場の管理も全部しなければならない。

 メーカー勤務のデザイナーの場合は、アイデアをデザイン画に起こして、パタンナーや工場に指示を出すだけでいい。しかし、独立ブランドのデザイナーは、その他のいろんな仕事を一人でやらなければならない。

 その中でも難しいのが、資金繰りである。商品が売れても売れなくても、生地屋や縫製屋には、決まった日に支払いをしなければならない。どんなに才能があっても、資金繰りの難しさにKOされてしまうデザイナーが多い。支払いが出来なくなると、会社は倒産ということになる。

  デザイナーとしての才能も重要であるが、それと同じくらい資金力も必要になってくる。資金集めをしっかりとしてから、独立をしないことには、せっかくのセンスも才能もパアになってしまう。成功してしまえば、かなりの収入が期待できるが、それまでの苦労は半端じゃない。

 開店前に客が店頭に並んでいる店がある。そのくらい売れて、やっと採算が取れるのだ。そうした状態が一年以上続けば、なんとか安定期に入るのである。客というのは気まぐれで、いつまでも同じブランドを追いかけてくれない。売れる時に集中的に販路を拡大すれば、昔のボートハウスのようにビッグネームになることだってある。

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2009年9月 3日 (木)

外国で人気のある日本ブランド

 ヒステリックグラマー、エヴィスジーンズ、ドゥニームなどが、ロンドンへ進出してブレークしているらしい。他にもロンドンでは、キャラクターやストリート系のメンズブランドが成功した。アジアの香港や韓国や台湾では、ヤングのレディースやDC系のブランドがブレークしつつある。

 香港のセレクトショップで人気があるのは、ツモリ・チサト、アバハウス、パドカレ、プゥドゥドゥ、トゥーアクーなどで、現地の専門店とフランチャイズチェーン店契約を結んで出店している。そうした日本ブランドだけを集めた大型セレクトショップもオープンした。

 台湾では台北市内のショッピングセンター・ワールドジョイスに、「ユージ・ヤマダ」や「ゴム」などの若手から中堅のデザイナーブランドを集めたセレクトショップがある。そこでも「ツモリ・チサト」を扱うようになった。日本ブランドのブームは日増しに大きくなりつつある。

 そうしたブームの背景には、ファッションリーダー的な日本人ミュージシャンの大きな力がある。安室奈美江から始まって、浜崎あゆみ、倖田來美などが、香港、韓国、台湾などで絶大な人気を得ている。昔の日本の若者が、欧米のミュージシャンの影響を受けたのと、まったく同じ現象がアジアで起きているのだ。

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2009年8月16日 (日)

日本のストリート系ブランドの世界的ブーム

 「世界のストリート・ファッションの首都は東京である」と、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙が2000年に書いたことがある。そのことがクリスチャン・ディオールのデザイナーにも少なからず影響を与えた。ルイ・ヴィトンは2003年に村上隆の漫画チックなデザインを春夏のコレクションに取り入れた。村上のマジック・マッシュルームは、ルシアン・ぺラフィネのカシミアセーターのモチーフとしても使われた。


そして2004年には、マンガのキャラクターが、最も新しいファッションのテイストとなって世界を席捲したのだ。世界のファッションの中心地のパリが、日本の大衆文化を受け入れたのである。同時に、KAWAIIという言葉が、世界にインパクトを与えてインターナショナルな形容詞になった。


 パンクやヒップホップの出発点が反体制だったのに対して、マンガ・ファッションにはそうした重苦しいものがない。幼児的な「かわいい」というシンプルなテイストがあるだけだ。子供っぽくて実に単純な感情を表現しただけのものを世界も受け入れたのである。幼児性、わかりやすさ、奇異で猥雑なものが入り混じったマンガとファッションが、このまま世界中に浸透していって、パンクやヒップホップのようになるのかどうか注目したいと思う。


 最初98年頃から、ハローキティー、鉄腕アトム、ドラえもんなどのキャラクターがファッションアイテムとしてロンドンでブレーク。それに便乗するかかのように、エヴィスジーンズやドゥニームなどのジーンズメーカー、裏原宿系のグッドナイフやエイブ、ポーターなどが人気を集めた。それ以外にも、アバハウス、マサキ・マツシマ、ファイナル・ホーム、アトウ、ポーター、オルソ、ヨウイチ・ナガサワなどがロンドンでも手に入る。日本のストリート・ブランドのブームが起きつつあるのは間違いない。



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2009年8月12日 (水)

2000年「ギャル・ミックス系」までのストリート・ファッションの流れ

古着・フォークロアーミックス
ボーイズ系
ミックス系
 良質な普通系
ミニスカート
  ガングロ
 ヒッピー
アイビー
 ボディコン
ヒップホップ
ボーイズ系
セクシー系
ストリート系
インディーズ
かまやつ女
ギャル・ミックス系
ニュートラ
ベルボトム
ミリタリー
 渋カジ
 ワンレン
ギャル全盛    ネオDC全盛 
   
「極・単」スタイル
ギャルのマス化
「らくちん」カジュアル
ガングロ
ネオ・ヤンキー

ギャルの成人化
ヤンキー
チーマ
しぶカジ
キレカジ
ハマトラ
ヤンキー

40年間のトレンドの変貌ファッション30年史

1964年・・・・・・・・ アイビー・ルックの流行

1965年・・・・・・・・ クレージュ、ミニ・スカート発表

1966年・・・・・・・・ ミリタリー、モッズ・ルックが流行

1967年・・・・・・・・ ミニスカートが大流行

1968年・・・・・・・・ ヒッピー&サイケデリック・ファッション

1970年・・・・・・・・ マキシスカート、ベルボトム

1972年・・・・・・・・ フォークロア

1974年・・・・・・・・ ニュートラが流行

1975年・・・・・・・・ メンズビギ創立

1976年・・・・・・・・ シティーボーイの登場

1978年・・・・・・・・ 竹の子族

1982年・・・・・・・・ カラス族登場

1983年・・・・・・・・ DCブランド・ブーム

1987年・・・・・・・・ ワンレン・ボディコンの流行

1988年・・・・・・・・ 渋カジ

1994年・・・・・・・・ シャネラー、グッチャーの登場

1997年・・・・・・・・ 裏原宿、セクシー系

2000年前後・・・ストリート系・B系・ボーイズ系セクシー・コンサバ・ガーリッシュ系

90年代ファッションの総括

 94年頃、「シンプルでいいもの」から「手作りでクリエーティブなもの」へ価値観が転換した。それまでのネオ・ヒッピーやソフト・パンク等がマス化した時期である。手作りのものや古着をコーディネートする傾向がみられるようになり、アイテムからコーディネートへと進化したのである。

 東京コレクションに、新しいデザイナーやブランドがデビューし「知る人ぞ知る」といったインディーズ系のブランドに注目が集まった。そうした時代に出現したのが、最初にルーズソックスをはいた世代である。94年のラフォーレ原宿、パルコ等のリニューアルでファッションを意識するようになった彼や彼女たちは、95年の「セレクトショップ系インポートブランドブーム」、96年の「平成ブランド」ブームに乗り、97年には「109・アルタ系」と「パルコ・ラフォーレ系ネオDCブランド」に二極化した。


 99年、セクシー系のギャルが、一転して普通のカジュアルやネオ・トラッド等へ移行していった。二十代の前半になった彼女たちは、年齢のプレッシャーの所為なのか、一気に変身を図ったのだ。そうした現象も含めて99年は、まさに大きな時代の転換期になったといえる。

 そして2000年を迎え、GAPやユニクロに代表されるSPAによるマックファッションの台頭で、ファッションはさらにエイジレスの方向へ進んでいる。世代だけでなく、性別の差もなくなりつつあるのだ。そうして異なる世代が混在する新しいマーケットが拡大していった。


 

           

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2009年7月22日 (水)

お先真っ暗な日本のファッション業界

 世界的な不況の所為で、衣類が売れなくなった。グッチ、シャネル、サンローラン、ルイ・ビトンなどの有名ブランドでさえ、売上げが3割も減少した。日本で唯一売上げを伸ばしているのが、ユニクロである。その他のファッション業界は、お先真っ暗な状態だ。

 華やかなファッション業界だけど、給料はけっして高くない。大手の三十代の中堅クラスでも、年収は六百万円弱だ。中小の企業となると、賃金はかなり低くなる。デザイナーの場合は、大手でも年収四百万円程度にしかならない。デザイナーの大半が契約社員なので、本社員に比べて賃金は低くなってしまう。

 アパレル会社に勤める唯一の特典は、自社製品の社内販売だろう。社員であれば家族も含めて会社の製品を、売値の半額以下で買える。中小の会社なら、自分の立場を悪用し、返品などの在庫を、好き勝手に手に入れられる。売れ残った服は、最後には焼き捨てられることになるので、会社の管理も厳しくない。それを手に入れてバッタ屋や地方の小売店に売りさばくのだ。

 アパレル業界の労働条件は厳しい。とにかく残業が多い。特にデザイナーやパタンナーは、季節物を扱うために、ピーク時は深夜の二時頃まで残業させられる。昼夜が逆転する時期が年に何度かある。時間にルーズなのが、アパレル業界の最大の欠点だといえる。営業の人間の場合は、自社商品を販売している店に、販売応援にかり出される。会社の仕事だけじゃなく、店で販売の手伝いもさせられるのだ。

 販売の応援に関しては、派遣会社に依頼することが多くなった。しかし、企画の場合は自分達でやるしかない。ピーク時のデザイナーやパタンナーは、想像を絶する忙しさの中で、もくもくと自分たちの仕事をこなしている。営業にしても企画にしても、大半が二十代と三十代で、とても定年まで続けられる仕事じゃない。

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2009年6月 2日 (火)

バッタ屋の裏話/ファッション日記NO.2

 アパレルのバッタ屋の仕事は面白い。何よりも稼ぎが多いし、他にも役得がいっぱいある。縫製工場に山積みになったデッドストックを捨て値で買い取り、それを転売するのが本来の仕事なのだが。


 縫製工場には有名ブランドのサンプルがたくさん置いてある。それを手に入れることも可能だ。縫製工場と顔なじみになっているので、強引に貰っていくことが多い。1万円以上するものばかりで、本当にありがたい。


 そうして手に入れたものは、メンズなら自分で着るし、レディースなら知り合いにプレゼントする。ワイズやミチコ・ロンドンやコムデ・ギャルソンなどは人気があって、皆に喜ばれる。最近は若者向けのブランドが手に入るようになったので、渋谷109系なんかは、錦糸町の若いホステスにプレゼントする。


 そう言えば、Tシャツなんかは、店で買ったことがない。デッドストックの中で1番多いのがTシャツなんで、その中から自分の好きなデザインのものをピックアップする。最近でこそ世界的なブランドになった「ヒステリック・グラマー」のTシャツだが、昔はいくらでも手に入った。その時に手に入れたものが、まだたくさん残っている。


 若い時からファッションには興味があった。その所為か、アパレルのバッタ屋の仕事は面白い。縫製工場の社長に頼まれて、一緒にアパレル・ブランドの本社を訪ねることもある。都心のアパレル・ブランドのスタッフたちと対等に交渉するために、社長の横に座ってニラミをきかすのだ。一番の思い出は、フジテレビのユニホームの仕事で、フジテレビに行ったことだ。社員食堂で食事をした時に、見覚えのある若いタレントたちと相席になった。


ブログ「バッタ屋の裏話/ファッション・密造・コピー品」


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